ゲイのMBA学生の生活

ゲイのMBA学生が書くブログ。主に、日々の生活や趣味などについて書きます。

思い出の一曲

どうも、ぱのこめです。

大変遅くなりましたが、あけましておめでとうございます!

2020年もマイペースにブログ更新しようと思います。よろしくお願いします。

 

 

先週末に登山サークルの人たちと一泊二日で静岡県へ行ってきました。

その帰りの車中で、自分にとって思い出深い楽曲を一曲流して、曲を聴きながら楽曲に紐付いている思い出を語るという企画(?)をしました。

 

他の人たちは恋愛関係の曲を紹介してくれたのですが、私は先に家に着いてしまって紹介することが出来ませんでした。

でも、私も恋愛関係で思い出の曲を一つ思いついたので、せっかくだからブログに書こうと思います。

 

 

 

私の思い出の一曲は「1/6 -out of the gravity-」です。

本当はボーカロイド初音ミクが歌っている曲なのですが、あの独特な電子音が苦手な人もいると思うので人間のカバーverを載せておきます。

曲を聴きながら記事を読んでもらえると、より趣深いかなと思います。

 

 

www.youtube.com

 

 

この曲の歌詞は、片思いしている相手の悲しみを減らすために、相手を月へ連れて行こうとするという内容になっています。

これは、月に行けば体の重さが1/6になると同時に、辛いコトや悲しいコトも全部1/6になるという発想からきています。

これだけ冷静に読むと「何言ってんだコイツ」ってツッコミを入れたくなると思いますが、自分の場合はSF好きも相まってとても好きなアイデアです。

 

 

この曲を聞いていたのは私が高校生の頃で、特に高校2年生から3年生の間にクラスが一緒で、一番仲の良かった(そして片思いをしていた)人との思い出に紐付いています。

 

その彼は時々大きい失敗をやらかすお調子者なのですが、真面目で誠実で、自立心が強い人でした。

私も当時から世間一般の同年代の人たちと比べて自立心が強く、なにかを決めたり実行したりするときも他人に相談とかはほとんどしないタイプでした。

でも、彼にだけは色々相談したり話したりして、意思決定の参考にしていたことを覚えています。

今になって当時を振り返ってみると、彼のことを結構頼りにしていたんだなって思います。

 

高校時代の私は固定のグループでずっと一緒にいるのを好まないタイプだったので、クラス内でもいろんな人と広く浅く付き合うタイプのちょっとフワフワした立ち位置にいたような自覚があります。

その彼もクラス内では比較的私に近い立ち位置だったので、二人組を作って作業するときなんかに一緒にやるようになって、それから日常的に一緒にいるようになりました。

まあ、私が彼を好きになって一方的にベタベタしていただけな可能性もありますが...そこのところは、うやむやにしておこうと思います笑

 

私はその当時から男性を好きになることを自覚していたので、自分は彼のことが恋愛的・性的に好きだとハッキリと認識していました。

彼は自分が正しいと思うことをまっすぐ信じて行動できる人で(間違っていることもたくさんあったけど)、不器用で要領も少し悪いんだけど何事にも一生懸命に取り組む姿勢が私はすごく好きでした。

もちろん、見た目もすごく好きでした!(大切)

あと、彼は見栄っ張りで恥ずかしがり屋な部分があって、女性の話とかを自分からするタイプではなかったので、彼のそういう側面も私にとっては居心地が良かったんだと思います。

 

 

この曲に対して当時の自分が抱いていた思いは大きく2つあります。 

 

1つ目は、自分もこの歌の歌詞にあるように、周囲の環境によるしがらみから解き放たれたいという思いです。

私は高校入学の時点でゲイであると明確に自認してはいないまでも、他の人と違うことは自覚していました。

なので、高校一年生の間は何とか乗り切れたものの、二年生になる頃から周囲の人から求められる男性的なふるまいだったり、異性愛主義的な話題に対応することに疲れてしまって、そういうものから解放されたいなあとずっと思っていました。

中学から高校に進学して生活の自由度が増したとはいえ、メンバーが固定されたクラスで決められた授業を受けて、放課後にはいつものメンバーと部活をして帰るという、比較的決められた枠組みでの生活でした。

そういう固定化された環境に居心地の良さを感じる人もいるとは思うのですが、自分の場合は逆で、特に私の周りはThe ノンケみたいな人ばかりいたので、そのような環境に対して居心地の悪さみたいなものをずっとどこかで感じていました。

そんな感じでちょっとネガティブになっていた時期に彼と仲良くなって、彼と一緒にいるときだけはなんとなく気が休まるような気がして、どんどん好きになっていったんだと思います。

私の中にハッキリとした苦しみの原因があったわけでもないし、それを彼が解決しようとしてくれたというわけでもないのですが、ただなんとなく、彼と一緒に居る時だけはこの歌のように重力から解き放たれることが出来ていたような気がします。

 

2つ目は、自分もこの歌の主人公のように、彼のことを彼のことを救ってあげたいという思いです。

これまでにも書いた通り、当時の私は彼から救ってもらったような気持ちになっていた一方で、自分は彼に対して何も与えられていないような気がしていました。

なので、この歌の歌詞に出てくる主人公のように、私も彼のために何かしてあげられることはないかなあと、ずっと思っていました。

でも、彼はそんなに悩みを抱えるタイプではなかった(と、少なくとも私の眼には見えていた)ので、結局卒業まで私が彼に対して何かを与えることはありませんでした。

もしかしたら、私が自覚していないだけで、彼にとっては私と一緒にいる間に何か救いがあったのかもしれないので、そういうことが一つでもあったことを祈るばかりです。

 

 

最後に、この曲の一番好きな歌詞は、最後のサビの冒頭にある

 

見え隠れしている気持ちは

多分バレているんだろうけれど

今はそれ以上  君を救いたいエゴイズム

 

という部分です。

 

自分の下心を自覚していて、しかもそれを相手に悟られていることも薄々気付きながら、それでも「君のため」って言い訳して行動するあたりは、なんとなく感慨深いものがあります。

世間体と欲求の狭間で揺れ動く感じとか、表向きは利他的な行動なのにそれを「エゴイズム」って言っちゃう辺りとかも、個人的には共感できてグッときます。

この歌の歌詞は全体的にストーリー調&直接的な表現が多いので、好き嫌いは分かれると思いますが、私はメロディーと相まってとても好きな、思い出深い一曲です。

 

 

 

以上、私の恋愛に関する思い出の一曲についてでした。

 

車の中でこの企画をやった感想としては、他の人の話を聞いているだけでも面白かったし、普段は話さないような思い出を話すきっかけになって良いなあと思いました。

あと、自分で改めて意識しながら曲を聞いてると、当時のことを色々思い出して哀愁を感じました。

大学に入学してからは彼とほとんど連絡を取っていなくて疎遠になってしまっていますが、春休み中に連絡してみようと思います。

 

良かったら、皆さんの思い出の一曲も教えて下さい。

 

それでは、また。

教習所に通って良かったこと

どうも、ぱのこめです。

 

今日で11月も終わり、2019年も残すところ1か月ですね。なんだか、時間の流れに気持ちがついていけていない感じがします。

今日はあまり時間が無いので、少し短めにだらっと記事を書こうと思います。

 

 

最近、私は修士論文の執筆と自動車の教習所で忙しい日々を過ごしています。

修士論文の最終発表が12月の終わりにあるので、それまでは気の抜けない日々が続きそうです・・・。

 

修士論文の執筆で精神がすり減っているのですが、そんな私にとって教習所での授業はとても良い息抜きの時間になっています。

ああいう答えが一つに決まっているタイプの問題は覚えればよいだけなので、自分で考えるって意味の頭を使う必要が無くて楽で良いなあって思います。

 

それ以外にも教習所に通ってよかったなあと思うことが2つあるので、今日はそれについて書こうと思います。

 

 

まず1つ目に、「苦手なことを出来るようにする」という作業をこの年になって経験できたのは、非常に貴重だったなと思います。

最初に言っておくと、私は自動車の運転が全然好きじゃなくて、むしろちょっと苦手だなあと思っています。

だって覚えないといけないルールはいっぱいあるし、その上で時にはルールを無視して臨機応変に行動することを求められるし、なのに周りのドライバーはルール守っていない人がいっぱいいるしで、免許取っても自信満々に運転できるような気は全くしません。

 

そういう苦手なことって、中学校くらいまでだと親からやらされたりすることもあると思いますが、大学生にもなると自分で避けて通ることが出来るようになってしまいます。

実際、私は大学に入学してから「苦手なことに新しく挑戦する」っていう経験はしたことがありません。失敗したら嫌だし、そんなにエネルギッシュな人間でもないので。

だから、私にとって今回の教習所通いはすごく新鮮な経験でした。

 

私はまだ教習所の科目を取り切っていないのでもう少し通わないといけないのですが、正直運転はこのまま苦手な状態で終わるんだと思います。

でも、苦手だけど運転することは出来るようになると思います。そして、私の実家は自動車社会なので、日常生活でもいっぱい乗ることになると思います。

それで、何年か経って気づいたら自動車に乗るのもそんなに苦手じゃなくなって、教習所の頃の重いなんて忘れちゃうんだと思います。

でも、なんかそういう感じでもいいのかなって思いました。

 

私自身は自分の気持ちとか思いみたいなものを大切にしたいタイプなので、日常生活でも「好きなことは頑張る!嫌いなことは頑張らない!」ってハッキリ分けて行動しがちです。

実際、思いに行動がついてくるって信じているし、「好きこそ物の上手なれ」は自然の摂理だと思っています。

でも、とりあえず最初に行動をして、そこに自然に気持ちが追い付くみたいなのも悪くないのかなって思いました。

 

 

2つ目に、「頑張って生きないといけないな」って思えるようになったのは、自分にとって良かったなと思います。

自動車に乗客として乗っていると気にならなかったのですが、自分で運転するようになると、めちゃくちゃ死が身近に感じれるんですよね。

道路を運転しているときにハンドル操作をミスって対向車に衝突したら事故になるし、歩道にぶつかっても事故になるし、曲がり角で歩行者に気づかなかったら事故になるし。

事故になる可能性が多すぎて、運転中はそこら中に死が転がっているような気がしちゃいます。

 

普段の教習中は、そういう死の存在を意識して死ぬことのないようにすごい注意して運転しています。

そんな自分の行動に気づいたとき、自分は割と死にたくないんだなって思いました。

私は超幸福なことに日常生活で死にそうになったことってほとんどなくて、しかも親戚とか会ったことのある人が死んだこともなくて、今までに葬式等に行ったことがありません。

だから、なんだか死に対してリアルな感覚を持てていなくて、だからこそ、その対極に存在する生もなんとなく漠然と存在するもののように思っていました。

でも、運転しているときは死を避けて行動しようと思って運転できているので、そこから逆説的に、自分は生き続けたいと思っていることを意識出来ました。

 

私はややニヒリズム的な側面があることを自覚しているので、「生に絶対的な価値なんて存在しないよね~」くらいに自分は考えていると思っていたのですが、少なくともその認識は間違いで、生に対してある程度の価値を認めているということが分かりました。

ほんと何言っているんだコイツって感じだと思いますが、個人的にはそれを自分で認識出来ただけでもすごい意味のあることだったなあと思います。

 

 

以上、だらだらとどうでも良いことを書いてしまいました。

とりあえず年末には免許が取得出来たら良いなーと思っているのですが、どうなるでしょうか・・・。計画的に通って、なんとか取得できるように頑張りたいと思います。

ブログの更新も、気が向いたらまたします。(とか言って結局更新できない気がする笑)

 

それでは、また。

内定者の飲み会に行ってきた

どうも、ぱのこめです。

今日は、入社予定の会社の内定者の飲み会に行ってきたので、その感想を書こうと思います。

 

 

◎人数が多すぎる

今日は40人での飲み会だったのですが、人数が多すぎてなかなかコミュニケーションが難しい会でした。

冷静に考えたら、40人って中高のクラスメイトくらいいるんですよね...。

今回はその人数がほぼ全員初対面での飲み会だったので、案の定薄く広く当たり障りのない話をするしかありませんでした。

 

でも、実は私が入社する予定の会社の内定者は全部で400人以上いるんです...。ふつうにヤバそう。

とりあえず今のところは、同じ職種の枠組みの人たちとは仲良くなっておこうと努力はしています。

あとは、入社したら最初は会社の寮で生活することになるので、その時に一緒になりそうな関東出身者とも仲良くなろうと頑張っています。

 

当たり前ですが「内定者全員と友達でーす!」みたいなのは無理なので、もっと戦略的に友達作りしていかないとなあって思ってます。

人間関係の文脈で「戦略的」とかって言葉を使うと、まるで人間の心がない人かのように思われるかもしれませんが、そんなことはないのであしからず...。

私も生きていくのに必死なんです...。

 

 

◎今まで関わってこなかったタイプの人たち

今までの大学生活で関わることのなかった多種多様な人たちがいて、本当に面白いなと思いました。

中にはテンプレ的な言動をする人たちもたくさんいて「これ、Twitterで見たことある人だ...」って感じのやつがたくさんありました。

 

例えば、女子大出身の二人組は同じ内定者の男性の見極め&disを延々と二人でやってました。

他には、理系の男性の中には、いかに自分が性に奔放で、かつ変態かについて熱く語っていた人もいました。

あとは、すぐにコールして瓶ビールをラッパ飲みする人とか、「彼女いるの?/彼氏いるの?」しか言わない人、女性と男性で露骨に接する態度が違う人、ぶすっとして延々とスマホをいじっている人など...

 

自分がいかに狭い世界で生きていたかを思い知らされました。反省。

まともそうな人も何人かいたので、そこの人たちと上手く繋がれたらなーって思っています。

 

 

◎今までの人間関係を振り返って

ぶっちゃけ、今日の飲み会に参加したストレートな感想は「これからこの人達と上手くやっていけるかな...」って感じです。

でも、今までに構築した自分の人間関係を振り返ってみると、もしかしたら無理して会社の人間関係だけに固執しなくてもいいんじゃないかな?って思えてきました。

 

 

①組織ではなく個人

自分は生活のメインとなる組織に属している人とめちゃくちゃ仲良くなるってことがあんまり無かったなあと思います。

例えば、高校生の時はクラスとか部活の人よりは、隣のクラスの人とか塾が同じだけの人とかの方がより仲良くしていました。

大学生になってからも、クラスとかサークルで接点が多い人よりも、多くても週に1回とかしか会えないような人たちと仲良くしていました。(これはゲイの人の方が会いやすいとかも関係するから一概には言えない)

 

この傾向からいくと、自分は仕事関係の人とはめちゃくちゃ仲良くなるってことはなくて、他に別の人間関係を作って、そっちを大事にするんだろうなあって思います。

実際、今のところの最初の配属で有力なのは大阪なので、早く大阪に行って良い感じのゲイサークル見つけたいなーって思ってます笑

でも、他の組織で人間関係に満足しちゃうと仕事の人間関係を疎かにしていまいそうなので、そこは上手くバランスとっていきたいです!

 

 

②同年代よりも年上

自分は自分の同い年とか年下の人間関係がめちゃくちゃ薄くて、年上の人たちとばっか関わる傾向があります。

特に、大学に入ってからはその傾向が顕著に表れてしまっていて、気軽にご飯へ行ったり何か相談したりするのも、同年代よりは年上の人にする方が圧倒的に多いです。

 

なんか年上の人と一緒にいる方が居心地良いんですよねー。

まあ相手が上手く調整してくれてるってのもあるとは思いますが、それでも何か同年代にはない安心感があります。

同年代(大学生?)特有の無遠慮な感じとか、謎にテンションの高いノリとかが自分には合わないなーって思っちゃうんですよね。

 

でもこれって、俺が相手に対して合わないと思っているように、多分、相手も俺に対して同じようなことを思っているんですよね。

だから、そこのところは注意して、独りよがりに相手のことばっか批判するようにはならないように気をつけてます。(出来ているかどうかはまた別の話)

 

 

以上、長々と書きましたが、文句ばっかり言ってても仕方ないですし、とりあえず4月から始まる1ヶ月半の研修を無事に乗り越えられる程度の人間関係は形成しておこうと思います。

1人くらいは良い関係の人を作れたらいいなーなんて思っていますが、果たしてどうなることやら...

 

それでは、また。

 

次巻が待ち遠しい漫画たちを紹介します

どうも、ぱのこめです。

私は漫画を読むのがまあまあ好きで、毎年80冊~100冊くらいの漫画を買っています。

 

今までもブログで何冊か漫画を紹介したことがありますが、それらは全部同性愛テーマの漫画でした。

 

 

このブログの趣旨的には以上のような漫画を扱うのが適しているのですが、他にもたくさん面白い漫画があるので、せっかくだから紹介したいと思いました。

 

そこで、今回は既刊が5巻以下の作品を中心に紹介しようと思います。

記事内にはそれぞれの漫画の試し読みのリンクも貼っておくので、興味のある作品があったら是非読んでみてください。

 

 

1. ヨシノズイカ

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鳴かず飛ばずでデビュー10年目を迎えた遠野なるひこ。次こそはと意気込んでいた何本目かの連載作品がついに打ち切りになってしまった。

戦力外通告を受けるのでは…と怯えるなるひこに担当編集者が次回作にと提案してきたのは、これまで描いてきたファンタジーとは真逆の「現実日常系」だった。

なるひこは、自分が描きたいもの、漫画とはかくあるべきという理想と戦いながら「日常系漫画」の連載を始めるのだが…!? 

 

以前に『ばらかもん』という漫画を描いていたヨシノサツキさんの最新作です。

「友情・努力・勝利」がテーマの冒険活劇ってことは全くなくて、エッセイっぽい感じで地に足の着いた設定の現実的な話です。

絵が綺麗なところと、ストーリーが分かりやすいところとか、漫画全体の空気感がのんびりしているところが良いポイントだと思います。

 

1巻の最後が今後のストーリーに展開があることをにおわせるような終わり方をしているので、続きがとても気になる漫画です。

1話と最新話は以下のサイトから無料で見ることが出来ます!

 

 

2. 猫が西向きゃ

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空間が浮動化する自然現象“フロー”によって生まれる奇妙な風景。そんなときにはヒロタ&ちま&しゃちょう(猫)におまかせ!

バイトの面接で(株)広田フローを訪れた、近藤ちま。 そこで出会ったのは「しゃちょう」と呼ばれる猫と、ユルい青年・ヒロタ。

面接のつもりが流れで出動、ちまが着いた現場は何やらヘンチクリンになってる街の風景。 それは「フロー」と呼ばれる自然現象。そしてフロー処理業者であるヒロタは原因と対策を探る仕事人! 自然の摂理も時々バグるのです!

 

以前に『蟲師』という漫画を描いていた漆原友紀さんの最新作です。

現実世界で「フロー」と呼ばれる異常現象が起きてしまい、それを直すために働く人たちを描いた作品で、基本的には1話完結で進みます。

 

設定がSF(サイエンス・フィクション)のそれで、すごく好みです。あと、絵もかわいくて好きです。

SFと言ってもそこまで強烈な設定(時空を超えたり宇宙に進出したり)ではなく、どちらかというとSF(スコシ・フシギ)な設定なので、誰でもとっつきやすいと思います。

 

1話と準最新話は以下のサイトから無料で見ることが出来ます!

 

 

3. 前略 雲の上より

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意識高い系の今どきの若手社員・桐谷は強面課長の竹内と北海道出張に赴くことに。

初出張の桐谷は羽田空港で課長から様々なダメ出しを受ける。それは仕事上のことではなく、空港・飛行機に関する無知さに対して。そう、課長は飛行機と空港を愛するいわゆるオタクだった。

課長から飛行機・空港の魅力について徹底的に叩き込まれる桐谷。はたしてどんな成長を遂げるのか。

 

飛行機・空港オタクの課長が若手社員に飛行機と空港の魅力を語る漫画です。

1話につき1つの空港の紹介をするスタイルで進んでいきます。

 

私は飛行機よりも新幹線の方が好きなタイプの人間なのですが、この漫画を読んでからは色んな空港に行ってみたいなーって思うようになりました。

 

1話は以下のサイトから無料で見ることが出来ます!

 

 

4. アンドロイド タイプワン

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2059年、東京――。素材メーカーに勤める青年、沢渡有吾は、家電量販店で見かけた人間型ロボット(アンドロイド)「タイプワン」の90日間トライアルキャンペーンに当選し、「ユイ」と名付けたそのアンドロイドと生活を始める。

一方、不法投棄アンドロイドの回収を行う「アンドロイド保安協会」の調査員たちは、黒い野良タイプワンに遭遇するが・・・・・・!?

 

最近よくあるAI・アンドロイドをテーマにしたSF漫画です。

 

アンドロイドの人権や共感に関する問題を扱いながら、バトル要素も含んだストーリーで、まだ1巻しか出ていないので今後の展開が楽しみです。

絵が特徴的なので、苦手な人は読むのがつらいかもしれませんが、分かりやすいSFストーリーなのでそういうのが好きな人にはオススメです。

 

1話は以下のサイトから無料で見ることが出来ます!

 

 

この漫画とは関係ありませんが、もしアンドロイドものの作品が好きな人がいたら『AIの遺電子』という漫画もオススメなので興味があったら読んでみてください。

これは1話から5話まで無料で読めます。

 

 

5. 天地創造 デザイン部

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ヘンな生き物がいるのは私たちのしわざ。地上に存在する、さまざまな動物たち。彼らはなぜ「そのような形状・生態」となったのか・・・・。実は天上には、神様からムチャ振りされて生き物をデザインする「デザイン部」があったのだ!

ユニコーンってなんで実在しないの?」「美味しい生き物の条件って?」「海で最強の動物は?」・・・・生き物コメディ開幕!!

 

現存する生き物の特徴的な形状や生態を紹介してくれるコメディ漫画。

また、漫画の後には生き物図鑑もついていて、ちょっとした豆知識も教えてくれます。

 

現在は4巻まで出ていて、動物園にはいないようなだいぶ特徴的な動物も紹介されているので、読んでいて飽きないです。

ただ、文字が多めな傾向にあるので、疲れているときに脳死で読むような漫画ではないかなって思います。なので、TPOをわきまえて読めばすごく楽しめます。

 

1話は以下のサイトから無料で見ることが出来ます!

 

 

以上、5冊の漫画の紹介でした。

まだまだ紹介したい漫画はいっぱいあるんですけど、全部紹介しているとキリがないので今回はこれくらいで終わろうと思います。

 

最近はアプリで毎週1話ずつ無料で漫画が読めるタイプの漫画サービスが増えていて、そのおかげか新しい漫画がたくさん出版されているような気がします。

そのせいか私の部屋の本棚ももういっぱいで、そろそろ断捨離しないといけないなあと思っています。。

 

電子書籍にするっていう手もあるのですが、なんとなく小説と漫画は紙媒体で手元に残し続けたいと思っちゃうんですよね。

学術書やビジネス書は「情報」を得るだけなので読書体験自体はあまり重要ではないと思っているのですが、小説や漫画のように「感情」を得る場合は媒体も含めた読書体験が重要になるように思います。

 

この主張自体も過去の慣習に縛られたもので、実は電子書籍にしたらそれはそれで今まで通り読めるのかもしれません。

でも、今は1ページずつ紙をめくる感覚やザラザラした紙の感触と一緒にストーリーと表現を楽しみたい気分なので、もう少しは紙媒体でいこうかなって思います。

 

みなさんのオススメの漫画があればぜひコメントで教えて下さい!

それでは、また。

 

写真で振り返る夏休み

どうも、ぱのこめです。

7月中旬から始まった長い夏休みもついに終わりを迎えてしまいました。

 

今日は2019年の夏休みを写真と一緒に簡単に振り返ろうと思います。

 

①映画『天気の子』を見た

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新海誠は好きだけど『君の名は』はそんなに好きじゃない、そんな私的には結構面白かったです。

小説で読み返す気にはならないけど、「映画館であのシーンもう一回見たいなー」ってのは思える作品でした。

 

②リアル脱出ゲーム『ミュウツーの城からの脱出』に行った

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映画『ミュウツーの逆襲』がリメイクされるということで、そのコラボで開催されたリアル脱出ゲームがこれです。

ポケモンが好きな人も、謎解きが好きな人も楽しめるような作品になっていると思います。

私は脱出成功できたので、結構嬉しかったです。

 

③ゼミ教授の別荘で合宿

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毎年恒例の1日丸々使ったボードゲームの試合をしました。


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そのあとはBBQして、そのまま先生が持ってるお酒の飲み比べをしました。

ちなみにこのウイスキー山崎はめちゃくちゃ高いやつなんで、ちょびっとしか飲ませてくれませんでした。

でも、めちゃくちゃ美味かったです。

 

草津温泉に行った

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家族旅行として一泊二日で草津温泉に行きました。

観光ってよりは休養目的で行ったので、すごくゆっくり身体を癒せました。

でも正直、神奈川住みの私的には、箱根の方がコスパは良いかなって思いました。

 

コミケに行った

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夏のコミックマーケットに、今年もサークルのお手伝いで行ってきました。

来年から就職で東京を離れちゃうことを考えると、もうビッグサイトに来れる回数は少ないのかもしれないです....

 

⑥コテージ泊をした

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登山サークルで河口湖に行って、コテージでお泊りしました。

私はあんまり大勢での旅行って行かないんですけど、そういう旅行もすごく楽しいなって改めて認識できました。

 

⑦恋人の誕生日にシュラスコに行った

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人生で初めてシュラスコに行きました!

「バルバッコア」というお店だったのですが、肉はすごい美味しかったし雰囲気も良かったです。

誕生日のサービス(無料のプレート&写真撮影&メッセージカードのプレゼント)もすごい良かったから、誕生日で行くなら最高だと思います。

でも、もうたくさん食べれる年じゃないから、コスパって意味では普通に焼肉に行った方がいいと思いました。

 

谷川岳に登った

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母親がどうしても行きたかったらしくて、付き添いで行ってきました。

ロープウェイがあって、結構標高が高いところまでも簡単に行けるのは良いと思います。

この山はスキー場としても有名らしいので、また冬にスノボーしに行きたいなって思いました。

 

東京サマーランドに行った

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恋人と「今年夏っぽいことしてないね」って話をした結果、中学以来10年ぶりに東京サマーランドに行ってきました。

初めて二人でプール行ったけど、少人数でもそれはそれで楽しいなって思いました。

流れるプールが最高でした。

 

⑩富士山に登った

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去年に引き続き、また富士山に登ってきました。

 

富士山を登った - ゲイのMBA学生の生活

 

去年登った時は「もう一生富士山は登らない」って言ってたんですけど、人生何があるか分かりませんね。

自分にとって登山はどういう価値を持っているのかについて考えさせられました。

 

 

以上、夏休みの振り返りでした。

 

今年の夏休みもあっという間に終わってしまい何も成せていない印象を持っていたのですが、こうやって振り返ってみると案外いろんな出来事があったんだなあって思いました。

 

もう大学院生活も残り半年を切りましたが、ぼちぼち気合い入れて頑張りたいと思います。

 

それでは、また。

「やってあげるセックス」をやらなかった話

お久しぶりです、ぱのこめです。

大学生活最後の夏休みを絶賛満喫中ですが、遊び呆けてまったくブログの更新をしていませんでした。

どっかのタイミングで夏休みの振り返り的な記事も書こうと思いますが、今日は別の話題について書こうと思います。

 

今日、友達と晩御飯に行っていてその帰りにセックスに誘われました。

先に結論を言うと、私はその誘いを断ってそのまま家まで帰ってきたのですが・・・

その出来事に対して色々思ったことがあるので、今日は電車で帰り道に考えていたことや、この出来事を通じて実感したセックスに対する自分の価値観的なものを書こうと思います。

 

 

◎今日の出来事について

今日一緒に晩御飯へ行っていたのは友人A君です。

彼は30歳過ぎのゲイ男性で、2年ほど前(2017年の秋ごろ)に参加したある団体Xの飲み会で知り合いました。

飲み会の時に彼が一人でお酒を飲んでいて周囲から少し浮いていたので、話しかけたのが彼との出会いです。

 

A君は他人とコミュニケーションをとるのが苦手で、あまり友達がいないようでした。

その飲み会でも周りに友達と言えるような人はいなかったようです。

私が話しかけたことをとても喜んでもらえたようで、A君は彼自身のことをたくさん私に話してくれました。

結局飲み会の後半はほとんどA君と話し続け、飲み会が終わった後は連絡先を交換して、その日はそのまま解散になりました。

 

それから数か月ほど経ってからA君から定期的に連絡が来るようになりました。

私はというと、飲み会の時は一人で座っているA君を見てある種の義務感のような思いで話しかけたので、正直A君のことは印象に残っていませんでした(冷たい人間ですね)。

なので、最初にA君から連絡をもらったときはマジで顔も名前も全く出てこなかったのですが、何とか過去の飲み会の写真と参加者リストから(あ~、この人かな~・・・?)程度までは特定することが出来ました。

そんな状態だったにもかかわらずA君からは月一くらいの頻度で連絡が来るので対応し、主にA君の身の上話や人生の相談(10歳下にする話ではない)に乗っていました。

 

その後1年くらいの間は、一度もA君と会う機会はありませんでした。

ですが、飲み会から1年後(2018年の秋ごろ)に再び団体Xのイベントへ参加した時に、A君と再び会いました。

そのイベントの時は、A君は私にべったりとくっついているような状態でした(他に友人と呼べるような人がいないし、A君から他の人に話しかけることは必然的にそうならざるを得ない)。

その時点でA君からある程度の好意を持たれている自覚はありました。

でも、A君とは会う頻度も少ないし、正直友達と言えるほどの親密な関係性ではなかった(少なくとも私にとっては)ので、カウンセラーくらいの気持ちで私はA君と関わっていました。

 

その後はまた1年くらいの間、A君と会う機会はありませんでした。

その間にA君から何度か食事を誘われたのですが、面倒くささが半分、都合が合わないのが半分くらいの理由で断り続けていました。

 

 

そして、先日(2019年8月の終わり)にA君から再び食事に誘われて、今まで1年ほど断り続けていた罪悪感&夏休み中でちょうど時間があったことから、今日食事をしてきました。

 

食事中は相変わらずA君自身の身の上話と人生の相談が専らの話題となり、私は基本的に相槌と深堀する質問でA君の話に応えていました。

そして、食事が終わった後にA君が「解散する前に公園へ行って散歩したい」と言ってきました。

外へ出ると小雨が降っていたので散歩を中止するように軽く提案したのですが、A君が結構強く散歩を希望したので、しょうがなく私がルートを決めて徒歩15分ほどのところにある公園へ向かうことにしました。

 

こういうことを言うのは自意識過剰だと思われるのであんまり言いたくないのですが、その散歩の途中で、「あ、この人セックスしたいんだな」って思いました。

 

何故そう思ったかというと、一緒に横を歩いているときに軽く手を当ててきたからです。

この行為をやる気持ち、分かりますか?

私はめちゃくちゃ分かります。

昔、気になる人と一緒に歩いてるときによくやっていました笑

 

A君も公園へ向かっている途中、しきりに彼の右手を私の左手に軽く当ててきました。

でも、私は彼とは全くセックスしたくなかった。

だから常に彼の側の手でバッグと傘を持って歩くようにしていました。

 

それでもしきりに手を当ててくるA君。

手が当たらないようにA君の前後へずれて歩こうとする私。

 

公園に向かっている途中、私の胸の中は、彼の期待に応えられないことに対しての申し訳なさとか、私が嫌がっていることに気づかない彼の鈍感さに対しての苛立ちとか、様々な感情でいっぱいでした。

 

公園に着くとしきりに「ベンチに座って休憩すること」を提案してくるA君。

「どこでもいいから、とりあえずイチャイチャしたい」という欲求を隠すこともしなくなったA君に対して、私は(やりたくないな~、早く家に帰りたいな~)と思っていました。

 

ベンチを探して公園を一周してみましたが、雨が降っていたためベンチは全て濡れていて、座ることは出来ませんでした。

駅へ戻って解散することを提案した私に対してA君は抵抗を見せましたが、私が歩きはじめるとA君は仕方なさそうについてきて、そのまま公園を後にしました。

 

公園を出てからは静かに後ろをついてくるA君。

私は「やっと私のセックスしたくないアピールに気づいてくれたか」と思い、安心して駅への帰路を進んでいました。

 

しかし、5分ほど歩いた頃、A君は突然「どっか二人きりになれる場所で休憩しよう」とハッキリと言ってきました。

(あ~、ついに言われたか・・・)と思った私は、とりあえず「なんで?」と聞き返すと、その質問に対してA君は「イチャイチャしようよ」と返してきました。

(なんて言って断るのが一番丸く収まるかな~・・・)と少し考えた私は、最終的に「彼氏いるから無理」と言って断りました。

 

私的には最強の切り札を切ったつもりでいたのですが、A君はその返事に臆することなく「え〜、でもイチャイチャしようよ~」と再度誘ってきました。

正直、「彼氏いるから無理」って断りを気にすることなく再度誘ってきたのに対しては、(こいつ、めちゃくちゃメンタル強いな!)と思いました。

 

 

直接的にA君を否定すると彼を傷付けることになると思ったので、遠回しに言って諦めてもらおうと思った私は「この近くに二人きりになれる場所なんてないよ」と言いました。

しかし、それに対してA君は「トイレに行こう」と言ってきました。

 

トイレでセックスするという選択肢を出してきた時点で私的にはもうあり得なかったのですが(せめてラブホテルかハッテン場に連れて行けよ、って思った)、私はそれに対して「屋外はちょっとな~・・・」という頓珍漢な返事をしました。

すると、A君は「どっかビルのトイレを探そう」と提案してきました。

 

いや、そういうことじゃねーんだよ!俺が嫌がってることに気づけよ!

 

もう遠回しに言ってもA君は諦めてくれないということが分かったので、私はハッキリと「あなたとはセックスしたくない」ということを伝えました。

それに対して「え、なんで?」と聞き返されたときは驚きましたが、それに対してはもう返事もしないでスタスタと駅へ向かって歩きました。

 

A君を無視して歩いているとA君は静かに後ろをついてくるだけになりました。

そんなA君の態度を見て、A君が諦めてくれたと思い、私は安堵の気持ちでいっぱいでした。

 

しかし、駅目前まで来たときにA君が再び「ここのビルの地下にトイレがあるからそこへ行こう」と提案してきました。

 

正直に言うと、それまでの歩いている時間に私は(やばいな~、直接的に否定しちゃったから傷ついているかな~・・・。また精神的に病んだりしたらかわいそうだし、どうやってフォローすればいいんだろう・・・)とか思っていました。

でも、その2回目の誘いを聞いて、なんかもうどうでも良くなりました。

 

その誘いも丁寧に断ってまっすぐ駅まで向かい、そのまま解散して帰宅しました。

別れ際に「またね」とか言ったけど、多分もう会うことは無いんじゃないかなって思います。

 

 

◎思ったこと・反省点

・他人との関わり方

これは私の考え方なのですが、私は、経済的に恵まれている人が募金や寄付を行って富を分配するように、精神的・能力的に恵まれている人は恵まれていない人に対してある程度の分配をするべきだと思っています。

この考え方を「弱者を救済してあげる強者」みたいなスタンスであると捉えてある種の嫌悪感のようなものを抱く人もいるとは思うのですが、個人的には結構大切にしている信念の一つです。

こういう考えの元で、私は望まずに孤立してしまう人に対して話しかけたり交流をすることが多いのですが、今回は完全にそれが裏目に出たなと思っています。

 

今回の場合、私的にはA君は分配する相手であり、友達みたいな対等な関係ではありませんでした。

多分、私が人間関係の枠組みとして「友達」という枠組みしか持っていなかったら彼とは関わっていなかったし、今回の出来事も起きなかったと思います。

別にこのスタンス自体が悪いわけではないし、今回の出来事自体も別に悪いことだとは思っていない(偏見だけど、むしろゲイの世界ではよくあるんじゃないかな)です。

でも、こういう人間関係の歪みみたいなもので自分が疲弊したり、結果的に悪いことになるくらいならやらない方が良いのかなって思っています。

そういう点では、自分の中の価値観に少し揺らぎが生じた出来事でした。

 

 

・セックスに対する価値観的なもの

今回の出来事で「やってあげるセックス」を私は今後も絶対やらないだろうなって思いました。

上記の通り、私はA君に対して施しを与える人みたいなスタンスで関わっていました。

だから、もし今回のセックスの誘いを受けていたら私にとって「やりたいセックス」ってよりは「やってあげるセックス」になっていたと思います。

 

個人的な過去の経験に基づいた考え方ですが、「やってあげるセックス」はマジで自分にとって何もメリットを生み出さないので止めた方が良いと思います。

「相手に強く押されて結局折れてやっちゃった」みたいな経験を生きていると一度くらいはするものなのかもしれませんし、何回もしちゃってる人もいるのかなって思います。

私も今回、A君に結構強くプッシュされた&同情&性欲&etc...が原因でセックスするって可能性もあったのですが、なんだかんだハッキリと断ることが出来ました。

 

断るのってエネルギー使うし、断った人の方が何となく嫌な気持ちになっちゃうのはすごく分かるんですけど、自分の尊厳のためにも断るのは大事なんだなって思いました。

実際、もし今回セックスしていたとしたらセックス中も義務感でやってるだけで楽しくないし、セックス後も同意したことを後悔していたんじゃないかなって思います。

でも、今回断ったことに関しては全く後悔していません。その点ではA君には申し訳ないですが、本当に断って良かったと思います。

 

やっぱりセックスするなら「やりたいセックス」に限るし、やりたい人同士がマッチングして行うべきものなんだなって思いました。

じゃあどういう時に「やりたいセックス」になるのかと聞かれるとちょっとその条件はまだわかっていません。

ですが、少なくとも対等な関係で、かつ、お互いに自立した状態でないとやる気にならないというのは分かったような気がします。

 

 

以上、当日の勢いだけで愚痴的なものをだらだらと書きました。

こういう色恋沙汰の面倒くさいイベントには巻き込まれないタイプの人間だったのですが、今回初めてこういうことがあって、まあ色々な教訓になったのかなって思います。

 

いわゆる「モテる」ゲイの人たちはこういう経験をいっぱいしてるんだとしたら大変だろうなって思います。

少なくとも、自分的には何も生まれない非生産的な時間だったので、今後の人生においては起きて欲しくないタイプのイベントだなって思いました。

 

とりあえず、セックスしたくないって断られたときは、潔く諦めた方が良いと思います(自分への戒めも含めて)

あと、トイレでセックスしようとするのもマジで止めた方が良いと思う。

 

 

それでは、また。

多分、僕がゆとりだから。

どうも、ぱのこめです。

最近、家族や友達たちとボードゲームをやる機会が多いです。

昔はボードゲーム全般が好きではなかったのですが、去年の秋くらいにそれが治りました。

 

 

でも、たくさんの種類のゲームをプレイしていくうちに、一口にボードゲームと言っても、好きなボードゲムや嫌いなボードゲームがいくつかあるということに気づきました。

 

自分が何でそのゲームを好きなのか、嫌いなのかを考えてみたところ、自分の今までの生き方とか自分の価値観みたいなものに通ずるところがあるように思いました。

なので、今日はボードゲームの好き嫌いを通じて、自分が思ったことを書こうと思います。

 

 

◎好きなゲーム、嫌いなゲーム

まず、自分が好きなゲームは『Splendor(宝石の煌めき)』というゲームです。

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このゲームを簡単に言うと、宝石(トークン)を使ってカードを集めていき、集めたカードに書いてある点数の合計値が一番早く15点にたどり着いた人が勝ちというゲームです。

カードの枚数はたくさんあるので、相手のカードを奪ったりする必要はありません。

プレイヤーはゲームで勝利するために、場においてあるカードから早い者勝ちで好きなカードを取っていくことになります。

 

 

その一方で、自分が嫌いなゲームは『ディプロマシー』というゲームです。

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このゲームは第一次世界大戦を模したゲームです。プレイヤーは各国の代表となって陸軍・海軍を動かして自国の領土を広げていき、ゲーム終了時点で最も領土が大きいプレイヤーが勝利となります。

現実世界と一緒で領土の大きさや土地には限りがあるので、自分の領土を広げるために相手の土地を奪う必要があります。

最初に保有している戦力はどの国も大差がないので、基本的には他の国のプレイヤーと交渉してチームを組んだり裏切ったりしながら進めていく必要があります。

 

 

◎勝利とゼロサムゲーム

上記はほんの一例なのですが、このように好きなゲーム・嫌いなゲームを分類していくことで、自分の価値観みたいなものが分かってきました。

 

それは、自分が「勝利」に全く興味がないんだろうなということです。

じゃあ何に興味があるのかと言うと、自分の純粋な得点を高めることや、それを達成するスピード・効率性などに興味があるんだろうなって思います。

 

もう少し具体的に説明すると、自分の得点を高めることそれ自体には興味があるみたいです。

でも、相手の得点と比べて相対的に高い得点を得ることや、相手の得点を下げることで自分が相対的に高い点を得るということには興味が無いみたいです。

 

 

私個人としては、自分と相手プレイヤーが純粋に自分の得点を高め合う行動をして、結果的に勝敗がつくタイプのゲームが好きです。

上記で挙げた好きなゲーム『Splendor』はまさにこのタイプのゲームです。

相手とのトークンやカードの取り合いという競争要素は存在するものの、相手の得点を下げる方法は存在せず、常に自分の得点最大化と効率化を考えて行動し続けることで結果的に勝利することができます。

 

 

その一方で、自分の得点を高めることと相手の得点を下げることが同時に生じてしまうゲームが存在します。

それが「ゼロサムゲーム」です。

ゼロサムゲームとは経済学に用語で、「一方が得点すると他方が失点するため、全部の持ち点の和が必ずゼロになるというゲーム」のことを指します。

 

基本的に自分はこのタイプのゲーム全般が嫌いだなぁって思います。

そして、上記で述べた嫌いなゲーム『ディプロマシー』もまさにこのタイプです。

ディプロマシー』では、自分が新しく領土を獲得するためには必ず相手の土地を奪う必要があります。

そこの駆け引きがゲームの面白さである(のだろう)ことは頭では理解できているのですが、私としてはそこの部分に全く面白さやワクワクを感じることが出来ません。

 

 

◎今までとこれから

何で自分の中でこのような好き嫌いが生じているのか考えてみたところ、おそらく自分は今までの人生の中で、「ゼロサムゲーム」で「勝利」を目指して行動するということをほとんどしたことがないからだと思いました。

 

そもそも私は生きている期間が23年強くらいしかないので絶対的な経験数が少ないです。

その中で一生懸命やった経験といえば、勉強、スポーツ、芸術、他者とのコミュニケーション活動くらいしかありません。

そして、それらの活動の中にはほとんど「ゼロサムゲーム」が存在しませんでした。

 

 

例えば、勉強における「プレイヤー」を「学生」「得点」を「学力」、「勝利」を「第一志望校合格」と設定した場合を考えましょう。(勝利の設定が悪いという批判は甘んじて受けます)

この時、学生は合格を得るために、一般的には自分の学力を高めて、結果的に合格を得ることが出来るとされています。

これは、勉強ゲーム(または受験ゲーム)が学力という得点に上限はなく、また他のプレイヤーと両立して自分も得点を獲得できる「プラスサムゲーム」だからです。

 

これはスポーツや芸術などに置き換えても同じことが言えるでしょう。

そもそも「勝利」はその定義上、どうしても相対的なものになってしまい、全員が勝つことはあり得ないという点で「ゼロサムゲーム」であるといえます。

しかし、その勝利に結びつく得点(勉強なら学力、スポーツなら運動神経や筋力など)を得る行動はゼロサムゲームではありません。

そのため、自分の得点を伸ばす上では相手のことを意識するよりも、自分の体力や精神力などを意識することが必要になります。

勉強やスポーツにおいて「自分との戦い」という言葉が出てくるのは、このゲームの特性が理由であるような気がします。

 

 

以上のように、私は今までの人生の中で、自分の得点や評価を高めるために他者を強く意識する場面がほとんどありませんでした。

もしかしたら、この傾向はいわゆる「ゆとり」的なものなのかもしれません。

その一言で全部片付けるのは個人的には好きじゃないのですが、自分の価値観に今までの評価制度とか社会の風潮が全く影響を及ぼしていないとも思えません。

相対評価よりも絶対評価で判断されることが多かったからこそ、他人との競争に晒される機会が少なく、そのようなものに慣れていないのかもしれません。

 

 

でも、会社で働き始めると相対的に評価されることが多くなるのかなってイメージを勝手に持っています。

そもそも今まで明確だった「得点」の判断基準が曖昧で多様化し、結果的に優劣をつけるためには相対評価を用いらざるを得ないのかもしれません。

 

とりあえず、いつかやってくるであろう相対評価に向けて、他人との競争関係は意識して生活していかないとなって思います。

まあ競争ばっかり意識して生活したら消耗して疲れちゃうんで個人的には嫌なんですけどね...

でも、今までみたいにゆるゆると「自分との戦い」ばかりしててもしょうがないと思うので、気持ち切り替えて頑張りたいと思います。

 

 

以上、長々とつまらない話ばかりでしたが、読んでいただいてありがとうございました!

それでは、また。